写真には何か写り込んでくるのか。

普段使いのカメラに、新しくコンパクトデジカメのTough TG-5 を使うことにして、シャッターを切り始めたら、
「写真には何が写り込んでくるのか」という、今の写真を始めた頃からずっと続く素朴な問いが再び。
(「今の写真を~」というのは、今の写真は一度写真を辞めて、出戻りで撮り始めた写真、ということで。それまでの写真とは根本的に関わり方が違うので。)
写真の、写真たるところは、「目の前に無いものは写らない」「目の前にあるものしか写らない」というところで。
そしてそれは常に、「カメラ」という機械に縛られて、機械的に写るものしか写らない、、けど、
そもそもカメラに写り込んでくる光景というのは何十分の1秒、何百分の1秒の時間を固定した、ほとんどの人間の認識には上らない光景なわけで。(世の中にはそういう見え方をする人もいるかもしれないので、ほとんどの人、と一応。)
だけど、そこにレンズを向けるという行為・衝動というものは、自分の中の何かによるものであって。
結局のところ、「機械的に写ってくる部分」と「そこにレンズを向けざるを得なかった自分の中の何か」のバランスによって成り立っているのが「写真」なわけで。
なので、作りすぎちゃってる写真は、ベタベタすぎて自分はちょっと駄目かなぁ。
仕事の写真なんかだと、そういう部分(写真をちゃんと作る部分)も大事だとは思うけど。
ときどき言われる写真は心を写す「写心」か、、と言われると、そういう見方も別に駄目とは思わないけど、心は写ってないんじゃね、とは。
でも、確かに、感情っぽいものは、写りこんでくるような気はする。
それは、写真には限らないかな。音楽とか絵画とかいろんなところで。
写真展なんかをして、観に来てる人は、どこまで理解をしてくれてるんだろう、とはちょこちょこ思ったりするのですが。
そもそも、他人の感じてることとか、第3者がそのまま理解することなんてあり得ないものなので、第3者に自分の感じているものを正確に理解してもらおうという事などとは、全く期待はしてはいないのですが。
自分と同じような感覚を共有してくれてるっぽい人もいたりはするし。(私の勘違いかもしれませんけど。)
それは、その部分がとりあえず、それなりに写真に写り込んでるという事なのかもしれん、とも思ったり。
上に写真は「目の前に無いものは写らない」「目の前にあるものしか写らない」とは書いたものの、
別の方向から、写真は「自分が見ているものが写る。」「自分が見えてないものは写らない」っていうのは、あるな、とは。(これとは少し違った意味で、見えてないけど勝手に写り込んでくる部分、っていうのもあるけど。)
これは結構、実感を伴って、思ってることで。
・・・だからどう、という話でもないんですが。
まぁ、別に、何かそれに答えを出す必要もない話で、
ぼんやりと、改めて思った、ということです。
追記:「感情」っていうよりも、「衝動的な何か」なのかも。
「写真には何が写り込んでくるのか」という、今の写真を始めた頃からずっと続く素朴な問いが再び。
(「今の写真を~」というのは、今の写真は一度写真を辞めて、出戻りで撮り始めた写真、ということで。それまでの写真とは根本的に関わり方が違うので。)
写真の、写真たるところは、「目の前に無いものは写らない」「目の前にあるものしか写らない」というところで。
そしてそれは常に、「カメラ」という機械に縛られて、機械的に写るものしか写らない、、けど、
そもそもカメラに写り込んでくる光景というのは何十分の1秒、何百分の1秒の時間を固定した、ほとんどの人間の認識には上らない光景なわけで。(世の中にはそういう見え方をする人もいるかもしれないので、ほとんどの人、と一応。)
だけど、そこにレンズを向けるという行為・衝動というものは、自分の中の何かによるものであって。
結局のところ、「機械的に写ってくる部分」と「そこにレンズを向けざるを得なかった自分の中の何か」のバランスによって成り立っているのが「写真」なわけで。
なので、作りすぎちゃってる写真は、ベタベタすぎて自分はちょっと駄目かなぁ。
仕事の写真なんかだと、そういう部分(写真をちゃんと作る部分)も大事だとは思うけど。
ときどき言われる写真は心を写す「写心」か、、と言われると、そういう見方も別に駄目とは思わないけど、心は写ってないんじゃね、とは。
でも、確かに、感情っぽいものは、写りこんでくるような気はする。
それは、写真には限らないかな。音楽とか絵画とかいろんなところで。
写真展なんかをして、観に来てる人は、どこまで理解をしてくれてるんだろう、とはちょこちょこ思ったりするのですが。
そもそも、他人の感じてることとか、第3者がそのまま理解することなんてあり得ないものなので、第3者に自分の感じているものを正確に理解してもらおうという事などとは、全く期待はしてはいないのですが。
自分と同じような感覚を共有してくれてるっぽい人もいたりはするし。(私の勘違いかもしれませんけど。)
それは、その部分がとりあえず、それなりに写真に写り込んでるという事なのかもしれん、とも思ったり。
上に写真は「目の前に無いものは写らない」「目の前にあるものしか写らない」とは書いたものの、
別の方向から、写真は「自分が見ているものが写る。」「自分が見えてないものは写らない」っていうのは、あるな、とは。(これとは少し違った意味で、見えてないけど勝手に写り込んでくる部分、っていうのもあるけど。)
これは結構、実感を伴って、思ってることで。
・・・だからどう、という話でもないんですが。
まぁ、別に、何かそれに答えを出す必要もない話で、
ぼんやりと、改めて思った、ということです。
追記:「感情」っていうよりも、「衝動的な何か」なのかも。
by m_sakamaki | 2025-07-27 23:33 | 写真

